2025年11月14日の糸井さん
とてもとても若い人たちとの対話。
「生きてるって、思い出をつくること。」だとしたら、
なんともはじめての種類の思い出がつくれた日だった。
縁と、偶然と、流れみたいなものが重なって、
先日「キジュちゃん(77)」になったぼくと、
小学6年生たちの「座談会(?)」が行われたのだ。
長く生きてきたけど、この経験はいままでになかった。
赤城山の「ほぼの駅 AKAGI」の坂道をずうっと下っていった
ところにある小学校の、小学6年生10数名と、車座になって話す。
あらかじめ、質問とかが用意されていたのだけれど、
その場でこころに浮かんだことを、そのまま話すつもりでいたので
準備はしなかった。
というようなことだった。
子どもたちは、将来は大人になって働くことになる。
そのことがあんまりうれしく感じられないのだという。
じぶんたちの目にうつる大人たちが、
たのしそうに働いているように思えないのだそうだ。
ぼくは、「わかるよ、その気持!」と思った。
じぶん自身が、子どものときにそう思っていたからだ。
大人として働くのがつらいことのように思えて、
会社づとめしているじぶんを想像して泣いたこともある。
どうにも大人になることに夢も希望も感じられなかった。
そんなじぶんが特殊だと思っていたけれど、
え、いまの小学生もそんなこと考えているのか?
「たのしそうに働いている大人に会いたい」からだという。
赤城のふもとの前橋の出身だし、
「ほぼの駅 AKAGI」なんかをつくってるし、
先生も「たのしそうなことをしてる」と思ったらしい。
そうだねぇ、働きたくなくて泣いてた子どもが、
いま「たのしそうに働いてる」って、どういうことだろう。
ぼく自身も、その話をしてみたくて、
小学6年生たちに会おうと決めたのだった。
そこから先は、またあらためてお話すると思います。
もしかしたら、「ほぼ日」にも掲載できるかもしれない。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
いやぁ、じぶんちの子に話すより、ていねいに真剣に話した。
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私が子供の頃は、「バリバリ働きたい」と思ってました。
でも 大学3年の時にバブルがはじけ、就職氷河期に突入し
内定がもらえないどころか、一次面接に苦労していて、
実家のある浜松の企業も候補に入れ始めなければならず、
実家に帰った折に、母に「働きたくない」と言いました。
まぁまぁ順調な人生だと思っていたのが、
就職面接においては どれもこれも無意味に思えて、
自分の人生が間違ってたのか、仕事のほうがおかしいのか、
と考えると、「おかしいのは仕事の方だろ」と言いたかったんですね。
でもまぁ なんとか就職できて、仕事の地獄も何度か味わったけど、
今感じるのは、「もう終わっちゃうのか」という気持ち。
あと6年すると 辞表を書かなくても退職できます。
仕事から解放されるのが とてもたのしみに感じられる一方で
会社っていうプレイグラウンドで 好き放題 実験ができなくなるのか
と思うと、んー、ちょっと焦る。
まぁまぁ順調な仕事人生だと思っていたのが、
仕事で得た技能なんて どれもこれも無意味に思えて、焦る。